昨日のプロ野球にて・・・。
 阪神マット・マートン選手が、神宮球場で行われたヤクルト戦で今季211安打を放ち、シーズン最多安打記録を更新した。この日は、この後にも2安打を放ち、計213安打と更に記録を更新。2試合残していることを考えれば、この後も現記録を更新していくことが期待される。
 このような素晴らしい記録が達成された時、「記録を塗り替える」・「○○超え」等という表現が良く用いられる。自分だけだろうが実はこの表現の仕方がのなんとなく気に入らない。他に表現の仕方がないのかもしれないが、この表現を用いることによって、自然と記録を塗り替えた者と記録を塗り替えられた者とを対比しようとする流れが生じる風潮に何となく嫌悪感を感じている。
 試合数を含めた当時の環境云々・右打者左打者云々・選手個人のプレースタイル等、比べることが出来ないものを、なぜ無理やり比べようとしてしまうのか。イチロー選手の記録はイチロー選手自身が努力してきた過程と与えられた環境の中で作り出した記録であるし、マートン選手の記録はマートン選手が努力してきた過程と与えられた環境の中で作り出した記録である。凡人の我々では到底為し得ない、どちらも素晴らしい記録であることに違いはないだろう。
 内野安打だろうが、テキサスヒットだろうが、クリーンヒットだろうが、安打は安打である。プロの世界で、どんな内容であっても、安打を200本以上積み重ねたということは紛れもない事実である。その業績がどれ位凄いのかを分かりやすく伝える為に用いる表現であるのだろうが、そのメッセージを(自分も含めて)素直に受け取れない世の中に問題があるのだろう。