先日、奈良県にある某病院の理事長らが、診療報酬を不正に受給していたとされる事件があった。なんでも理事長らは、生活保護を受けている患者に対し、心臓カテーテルを使った手術等を行ったように見せかけ、架空の診療報酬を県社会保険診療報酬支払基金などに請求し、百数十万円を不正受給した疑いがあるとのこと。
 診療報酬の不正受給は絶対にやってはいけないことだと思う。このような事が起これば、医療機関に対する心象が必ずといっても良い程悪くなる。おそらく国民の大多数は氷山の一角だという様に思っているだろう。繰り返し言うが、診療報酬の不正受給は保険医療機関の指定解除等の厳罰を下されるべきである。
 但し、この問題に関しては、一概に「不正受給を行った病院が全て悪い」の一言で片付けられるものではないと思う部分もある。そこまでしないとならなかった原因を突き詰めていけば、個人的な見解だが、やはり「聖域なき構造改革」に問題があったのではないかということに辿り着く。某首相による所謂「骨太の方針」は医療現場に一体何をもたらしたのか考えてみてほしい。社会保障費の削減に伴い診療報酬及び薬価等が尽くマイナス改定となった。加えて自己(患者)の医療費療養費に対する窓口負担が増え、受診の自己抑制や医療費の踏み倒し等を呼び込んだ。国の誘導により、医療現場は崩壊という方向に向かって行くしかなかったのではないか。「改革」という分かりやすい言葉を政府が持ち出し、メディアが煽り、国民がそれに乗っかった。改革というものが生み出したかもしれない不正という産物に対し、一医療機関だけの責任として終わろうとする現状に何か納得できない感情が湧いてくる。
 不正は医療機関に限らず何処にでも起こり得るものである。問題が起これば、そこだけを叩こうとするのではなく、不正が起こった背景にも焦点を当てるような社会であってほしいと思う。この問題を起こした病院が、生保患者を多く受入していた病院であったことも叩きやすい要因の一つになっているのかもしれない。この問題を掘り下げていけば、白か黒かという単純な見方しかしない人には見えない社会の問題が多く浮上してくることだろう。
 ここから少し長い余談になる。この問題と直接は関与していないが、政府・与党は昨日、社会保障費の削減を撤回するという一つの回答を持ち出した。経済や社会情勢を考慮しての正しい判断だと思われる。しかし、この方針転換についても相変わらずメディアが自己の考えを織り交ぜ叩いているようだ。今まさにあの時と同じ事が起ころうとしている。「政権交代」という分かりやすい言葉を野党が持ち出し、メディアが煽り、国民がそれに乗ろうとしている。政権政党が変われば社会が断然よくなるという幻想的かつ盲目的な考えを多くの国民が持っているのは非常に危険であると思う。某政党が打ち出している政策の中身、財源や予算の割り振り等について知らない事の方が多くあるのに、何故国民の多くが某政党を支持しようとしているのかが分からない。単にメディアの煽りに乗っかっているとしか思えない。このままメディアに踊らされ、本質を見極めることなく賛同の意思を示し、気付いた時に痛い思いをすることだけは二度と御免だと思っている。